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2005年10月23日 (日)

平和神軍観察会訴訟(刑事)第2回公判 (2)

 平和神軍観察会訴訟(刑事)第2回公判 (1) で書きましたが、次瀬氏は今回の起訴を「“木を見て森を見ない”起訴」とし、次瀬氏側の弁護士は「マスメディアの調査能力を前提とした基準とは別の基準」を求めています。
 「平和神軍観察会」の記述に行き過ぎが全くなかったとするのではなく、ミスの内容が、専門知識のないいち市民による記述として、起訴されるほど悪質なものだと言えるのかどうか。そこが検証してもらいたい、という主張でしょう。

 「ミス」に関して、もうひとつ押さえておくべきポイントがあります。
 東京高裁の判決が出た直後の6月7日、次瀬氏側が記者会見を開き、その席で紀藤正樹弁護士がこういう趣旨のことを言っていました。
「最近増えている恫喝型訴訟では、記事の大半は正しいのに細かい部分のミスだけを根拠に訴訟を起され、記事を書いた側が負けてしまうこともある。これでは、長い記事を書けば書くほど裁判では負けてしまうことになる」
 これは、個人サイトだけではなくマスメディアにとっても他人事ではありません。当たり前ですが、重大な問題ほど記事の分量も増えるわけで、「少しでもミスがあったら負け」では困ってしまいます。
 ミスが記事全体の価値や相当性を揺るがすほどかどうかは、常に重要な争点にされるべきでしょう。ここについても、個人サイトであればマスメディアとは違う基準で評価される必要があります。

 これらの点について、今回の次瀬氏側の主張は理に適っています。ただし一般論としては、「マスメディアとは違う判断基準」についてはまだまだ議論の余地がありそうです。
 批判や訴訟にもマスメディアの改善・向上につながる側面があるのと同じように、ネット上での市民による発言もジャーナリズム的な意義をもつものであれば、「いち市民の便所の落書き」以上の厳しい基準で評価される必要があります。マスメディアと同等の基準で判断されるのは厳しすぎる気もしますが、それも場面次第です。たとえば記者発表資料だけで時事記事を書く官僚的新聞報道より、独自の資料収集と取材でテーマに踏み込んでいく個人サイトの方が読者に対して説得力をもつ(その分、責任も重い)場面さえあり得ます。

 もちろん次瀬氏側は、個人サイトの向上の必要性を否定するつもりでマスメディアと別の判断基準を求めているわけではないと思います。次瀬氏のサイトの内容、グロービート社や平和神軍側のやり口、裁判の進行状況から考えれば妥当な主張という感じでしょう。次瀬氏が根拠となる資料もあわせて掲載して読者が判断できる状況を作っていた点に、誠実さを認めるべきだと思います。
 しかし「平和神軍観察会」以外のサイトや掲示板に目を向ければ、根拠も示さず、あまりに非常識な判断力で特定の人物や団体の評価を貶める文章を書く人がいないわけではありません。今回の訴訟については、そういうものまで「素人だから」と許容してもらおうというものではないこと(あるいは、そういう訴訟だと捉えるべきではないこと)を踏まえておきたいところです。

 次回以降の公判日程は、以下の通りです。

・2005年10月31日(月)
・   11月25日(金)
・   12月20日(火)
・2006年01月27日(金)
・   02月22日(水)
・   03月22日(水)

 いずれも13時30分~16時30分、東京地裁522号法廷。

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