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2007年1月22日 (月)

Noh Jesu 氏・「HITOTSU学」流の釈明

 オルタナティヴ株式会社(本社・福岡市)から当ブログと「自己啓発セミナー対策ガイド」宛に削除&謝罪要求が来ていますが、オルターカレッジの実質的指導者であるノ・ジェス氏が自身のサイトで批判について釈明しているので、それを紹介してみたいと思います。

 オルタナティヴ社では、教育事業部という名の部署で盧在洙(Noh Jesu = ノ・ジェス)氏という人物が提唱する「スキマ原理」をもとに、「オルターカレッジ」を主宰していました。この「オルターカレッジ」への勧誘は、関連NPO法人「PBLS(ピース・ビジネス・ライフ・スクール)」のイベント、ほかの平和団体内、渋谷駅周辺などでの街頭キャッチセールスという方法で行われていました。
 現在、なぜか同社のサイトには「オルターカレッジ」という名称が書かれておらず、教育事業部のカリキュラムでは「HITOTSU学」なるものを活用していると書かれています。
 この「HITOSU学」は、現在「スキマ原理」の代わりにノ・ジェス氏が提唱しているものです。ノ・ジェス氏はオルタナティヴ社の役員などではないようですが、同社の教育部門の「企画室長」で、オルターカレッジの思想面で見れば実質的指導者にあたります。
 そのノ・ジェス氏が昨年末、自らの公式サイト内に「宗教・カルトとの明白な違い」と題する、長大な釈明文を掲載しました。徹頭徹尾、抽象的な内容なので読むのは大変ですが、最初の項目だけでも腰を据えて読んでみると面白いかもしれません。

 「1:新興宗教やカルトと、HITOTSU学のビジネスライフスクールとの明白な違いの掲載について」には、こういう一文があります。

「今までの宗教、新興宗教、カルト、自己啓発、ヨガ瞑想団体などが、多様な形で人間精神のバージョンアップや覚醒の為に挑戦していますが、様々な副作用によって一般大衆から疎外されてしまう現実があるのです。」

 要約すれば、カルトとは人間精神のバージョンアップや覚醒に挑戦しているが副作用によって大衆から疎外されてしまう存在である、ということになります。では、HITOTSU学はどうなのかというと、

「今、HITOTSU学とフィールドに対する民事裁判は、開拓者やパイオニアが被りやすい意味ある誤解や誹謗中傷、浅はかな批判だと思っています。武術の世界の達人になる為には、筋肉痛や神経痛が伴うようなもの、あるいは良薬を飲んだ後の漢方の瞑眩現象のようなものと理解しています。」

 それではむしろ、「人間精神のバージョンアップや覚醒の為に挑戦する際の副作用」という、ノ・ジェス氏流のカルト定義にあてはまっちゃうのではないかと思いました。
 それ以降を読むと、カルトとHITOTSU学の思想がどう違うのか書いてありますが、要はHITOTSU学なるものの素晴らしさが延々と書いてあるだけです。団体内でのメンバーの生活ぶり等々、これを読んで「おかしな団体ではないようなので安心した」と思えるような具体的な情報は示されていないように見えます。

 ノ・ジェス氏のサイトにはもうひとつ、「Q&A」というコーナーがあります。これもHITOTSU学の素晴らしさを説く大作ですが、オルターカレッジへの批判に答えようとしている部分がいくつかあります。
 オルターカレッジ内でかつて「祈り」を行っていた事実を認めた上で、「祈りをするというだけで宗教だと決め付けるのは誤った判断ではないでしょうか」としています。一方で、「祈りは神聖な心であり」とも書いており、少なくともオルターカレッジが「宗教的行為を行う団体」であることは認めているように読めます。
 この「Q&A」も抽象的な内容が大半ですが、ところどころ興味深い部分があります。

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010:オルターカレッジ(オルタナティヴ株式会社)」カテゴリの記事

コメント

藤倉さん、お久しぶりです。
オルタナティヴさんとのメールのやり取り、拝見させて頂いています。

オルターカレッジについてはよく知らないので、あまりコメントは出来ませんが、メールを拝見した限りでは、あまり進展が無い様ですね。
オルタナティヴさんも「掲載記事の全文削除」とハッキリ書けばいいのに、そういうつもりでもないんでしょうかね?
よくありがちな、ネット上での泥試合にならない事を祈ります。

やはりFace to Faceで話すのが、一番意思疎通が出来て良いと思いますよ。
オルタナティヴさんも本気で抗議するなら、一席、話合いの場を設けた方が良いと思いますね。だんだんメールの文章が乱暴になってきてるというか、ドツボにはまってきている様に見受けられます。

メールに頼り過ぎるのは良くないですよ。
ネットの使い方には注意しましょう(^_^)

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Katsunoriさん

 お久しぶりです。当事者のぼくが言うのもなんですが、確かに文字量のわりに進展ないですねえ。

> オルタナティヴさんも「掲載記事の全文削除」とハッキリ書けば
> いいのに、そういうつもりでもないんでしょうかね?

 要求の根拠も不明瞭なら要求の内容も不明瞭で、ぼくもなんだかよくわからないですね。

> やはりFace to Faceで話すのが、一番意思疎通が出来て良いと
> 思いますよ。

 直接会って話したところで、具体的な指摘がないまま「サクジョ! シャザイ!」じゃ、やっぱり進展ないでしょうしねえ。何か、それなりに具体的な話をしてくれる気配でも出てくればいいんですが。

> だんだんメールの文章が乱暴になってきてるというか、
> ドツボにはまってきている様に見受けられます。

 ぼく、オルタナティヴさんの「テロ的変態行為」って言葉に吹きました。

最近、複数のセミナーでこの会社の関係者に声をかけられました。その後、会いたいなどの連絡が入り、少し調べたところ、こちらのサイトに出会いました。
会ったら勧誘されるのでしょうか。ジャーナリストなら追及するところですが、やめておきます。

お久しぶりです。
この記事と関係ないコメントで恐縮ですが、最近私のブログにコメントしてきた「一般法則論者」なる者がいます。
この人物もブロガーですが、その内容はまさにカルトそのものですので、一応URLを紹介致します。
http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/

さらに私のブログへのコメントもよろしかったら、ご覧下さい。イカレているとしか思えない。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/4c2ba0c2d025842540957fd079df2931

単にブログで「神の存在証明」なる妄想を書き綴るだけなら問題ないのですが、組織を立ち上げているなら由々しきことです。

お二人は本質的な世界観に対してのトラウマが、何かあるんですか?

なんか、ちっちゃいんですね・・心が。。

いままでも歴史がそうだったように

必要ないものはなくなるし

変化していくし

そんな風にムキになってるほうが、イケてないよ(笑)

200年になってから、ノ・ジェス氏が講師のアドバンスセミナーというものに参加いたしました。
わたくしは物理学に精髄しておりますが、内容はとても斬新でかつ納得できる新しい解析の科学・天文・物理学ともいえるでしょう。

時がくればノーベル物理学賞やノーベル平和賞の受賞されることと思います。

このサイトを運営されている方は本当にご自分がどこまで内容を理解されていらっしゃるのですか?

韓国人でありながら、日本人の価値とミッションを13年間、本気で語りつづけてきている

ノ・ジェス氏に対して大変失礼と思います。

そしてこれからヒトツ学というものに出会い、感動・変化していかれる方にとっても大変失礼だと思います。

少なくともわたくしは、今まで自分が追求してきた中でも出会ったことの無いもの凄い価値ある内容にとても感動し、これが本物だと確信いたしました。

そしてノさんのお人柄にもとても好感を抱きました。

そのわたくしが、このようなサイトを拝見し、とても心が苦しくなり残念に思いました。

2006年から更新もされていないのでしたら、記事を削除されたほうがよろしいのではないでしょうか

むしろそうして頂きたいと心より願います。

平成20年10月17日 

つまんねえ、サイト

死ねばいいのに 管理人

 事実を書くと失礼なんですか?
 あなたがノ・ジェス氏の人柄をどう評価しようが、現在がどうであろうが、過去についての事実が消えるわけじゃありません。だから古い記事も全て残します。

 オルタナティヴ社は一連の記事について削除を要求したことがありますが、記事のどこがどう事実と違うのか説明を求めたら音沙汰がなくなりました。
 ぼくがHPやブログで書いている事実関係について、オルタナティヴ社も否定していないということと解釈しています。

 もし、ぼくのHPやブログの記事が失礼なのだとしたら、その記事を容認しているオルタナティヴ社もノ・ジェス氏に対して相当失礼だってことになりますね。身内なら、部外者のブログよりまずはその“失礼な”オルタナティヴ社に文句を言ってみてはいかがでしょうか。

 で、なんだか丁寧な文章なので返事を書いてやりましたが、↓の投稿者とIPアドレス同じですね。

> つまんねえ、サイト
> 死ねばいいのに 管理人
> 投稿: | 2008年10月17日 (金) 22時22分

 「死ねばいい」という言葉の方がよっぽど失礼ですね。ノ・ジェス氏のHITOSU学を「これが本物だと確信」すると、人様に対して「死ねばいいのに」などと言うような人になってしまうんでしょうか。それとも、HITOSU学には、もともと人様に対して「死ねばいいのに」などと言うような下劣な人間をまっとうに変える力はなかったということでしょうか。

 いずれにしても、HITISU学が素晴らしいとか言っている人がこんな言葉を吐くとは、ずいぶんと見事に墓穴を掘ったもんですね。

 このブログのほかのエントリに「藤倉、てめーはアホでニートでムッツリ野郎だよ」「実はおめー自身が、カルトだってこと知ってる??」といった投稿もしてる人も同じIPアドレスでした。ご苦労様です。

笑 最近このサイトを拝見させていただきました

私は、5年ほど前からヒトツ学やノ・ジェス氏を存じております。公演や講座は何度か伺いましたが、確信部分を提供しているセミナーにはまだ参加しておりません

組織作りや体系化をずっとされている方で親しい交友関係がある方がいまして半年に1度ぐらいお茶やご飯などしながらお話をしています。

上記の件ですが同じIPアドレスといっても、同じ人物とは限らないと思います。(たとえば親と子供とか)

まぁ事実はわかりませんが・・表現としては、倫理・道徳的観点から見れば‘良くない言語‘と解釈してしまいますが、目的は同じことを指しているように思いました。

「言葉を選んで理性的に対話しようとしている」のと「感情的になっている(建前できていない)」
この2つの違いだけで思いは同じなのでしょう。

大切なことは、なぜその思いや主張をさせる原因・理由の方と思います。
それがこのサイトの内容にあるのではないでしょうか?

見たところたくさんの既存の宗教団体や自己啓発の組織をとりあげていらっしゃるようですが、中身はどうであれ
真摯にとりくんでいらっしゃる方々が見ればどれもいい気分はしないものと思いながら拝見いたしました。

「部分的な事実」よりも「目的や意味・動機」そして
「今現在はどうなのか?」の方が大事なのではないでしょうか?

私が知る情報によると藤倉様の運営するサイトで森 明子さんという人物を名前を出して取り上げていましたが、彼女は2年ほど前から組織を辞めていると友人に聞きました、サイトで名前が出たことでもかなりショックを受けていたとのことでした。
マイナスイメージのレッテルを貼られてしまうことは、どれほど苦痛なのか?
当人にしか分からないことなのでしょうが、私はとても残念に思いました。(森さんも1度お会いしてお話したことがあり、とても明るく元気で素晴らしい方と思いましたので)

そして裁判の件も細かい詳細は存じませんが、オルタナティヴ社は一人も弁護士をつけず、相手側は「13人」もの弁護士をつけ(それも弁護士側の営利目的が大きかったと聞きます)3人以外にも被害を訴える人物を募ったが3人以外には誰も賛同するものがおらず、結果的には「オルタナティブ社は宗教・カルトではない、ただ今回は人の募集方法や伝達方法に落度があった」との裁判官からの言葉があったそうです。

これも「事実」です。もし一つのことに関わるなら部分的な関わりではなく、末永く変化の過程も伝えながら客観性をもって伝えていくことが大事ではないでしょうか?

とくにこのような情報サイトを運営し配信する立場であれば。

その観点から見たときには、ここのサイトに掲載されている組織や個人(そこに関わる人達も含め)からどのような感情や思いを持たれてるか?なども考慮して継続されることが大事と思います。

 

上のコメントを読んで、「もし一つのことに関わるなら部分的な関わりではなく、末永
く変化の過程も伝えながら客観性をもって伝えていくことが大事」という意見に共感しました。
情報を伝える側の責任としても、その通りだと思います。

このサイトの別のページ(オルターカレッジの最新情報のページ)
にも書かせていただきましたが、
僕は公開講座やアドバンスセミナーで、
直接、ノ・ジェスさんからHITOTSU学を学んで、今まで経験したことのない深い感動と、大きな勇気をもらいました。

ノ・ジェスさんは無名の人だし韓国人なので、最初は不思議な人だと思っていたけど、
実際会ってみたらすごくさわやかで、自然体で、受講者の緊張をほぐすために時折笑わせてく
れたりする面白い人でした。
全然偉ぶってなくて、逆にとても謙虚な姿勢で「日本語の発音が上手じゃなくてごめんなさい」
と言って、身振り手振りを交えながら一生懸命丁寧に説明してくださって、親しみを感じました。

裁判は最終的に「和解」になったそうですが、
このサイトには、なぜそのような重要な事実が記載されていないのか、納得できない気持ちで
す。
弁護団が内部調査をした結果、宗教・カルト団体ではないことが明らかになって、
原告3人と弁護団10数名全員が、自分たちの主張を退けて「和解」の流れになったというの
は、事実ですよね。
HITOTSU学を学んでいる友達から、確か、去年2007年の夏頃に「和解」になったと聞きました。
それにも関わらず、このサイトでその事実を記載していないのは、客観性に欠けると僕も思い
ます。

上に書かれているコメントのやりとりも気になりました。
藤倉さんのコメントで、
「オルタナティヴ社は一連の記事について削除を要求したことがありますが、記事のどこがど
う事実と違うのか説明を求めたら音沙汰がなくなりました。ぼくがHPやブログで書いている事実関
係について、オルタナティヴ社も否定していないということと解釈しています。」とありますが、
オルタナティヴ社は、自分たちが宗教・カルト団体ではないとはっきり否定しているからこ
そ、一連の記事の削除を要求しているのであり、それは会社として当然の行為だと思います。
それに対して「どこがどう事実と違うのか」というのは、まったく的はずれな回答だと思いま
すし、それ以降音沙汰がないのも当然だと思います。

以前30日の教育プログラムを受講したことのある者です(8年ほどまえ)
現在は自身の仕事をしながら、ノ氏の講演会などにたまに顔を出しているくらいですが、わたくし個人的には素晴らしいと思って応援しています
2006年くらいからは30日のプログラムからホテルなどで開催する3泊4日のアドバンスセミナーに変わっています(こちらも昨年受講しました)

宗教というものを客観的に理解するためのカリキュラムでキリスト教の解析(仏教もあります)のパートでクリスチャンが日常で大切にしている祈りを学び実践してみる体感学習を一定の期間だけやっただけでした。
それも別にノ氏のことを崇拝する祈りでもないし・・^^;

ノ氏は統一教会が大嫌いな方でしたし(宗教も嫌い=依存を作るため、精神的自立を妨げるもの)宗教組織も納税するべきとも言ってました、それだけでもかなり日本の財政危機の援助にはなると。

韓国人というだけで偏見の見方で一方的に決め付けられることが多いようですが(事実より噂を信じやすい日本人は)

彼はどんな外国人よりも
日本人に対して誰よりも一番、大きく深い想いがある人物であり、日本人を西洋文明の呪縛から目覚めさせる希望でもあります。


このようにインターネットで一方的に否定的表現をすることは、ノ氏に対してとても失礼なことと思います

美しい『武士道』や平和の象徴である『和の精神』の魂・DNAを引き継ぐ日本人として恥ずべきことではないでしょうか

2013年にセミナーを受講したての者です。
はっきり言って、途中までは素晴らしいセミナーだと思いました。

が、しかし。

戦艦大和と言う言葉が出だした頃から、「?」

悟りと言う言葉が、ただキャッチ文言だったという感想です。

はっきり言って、裏に何かしらの「思惑」を疑わずにはいられませんでした。

20代の「指示待ち」人間に日本から変わろう、世界を変えるためにはこれしか無い!!という「洗脳」という「指示」を

行い、その先にはどうするのだろうか?という疑問と同時に、統一教会やオウム真理教が重なってしまいました。

あくまでも、セミナーを受けた私の個人的意見です。

それでも、タダの自己啓発と言う部類で終わるならば、本当に気持ちがスッキリとする考え方(核心部分が)有りまし

た。

我が子もセミナーを受講させようかと思いましたが、青年グループの異様な盛り上がり方を見てやめました。

ゲームと同じで、一度ハマってしまうと自分から止めない限り止めさせることが出来ないくらいの興奮状態になるか

らです。

カルトとか、新興宗教とか言いたいわけではありません。

それは受け取る方の受け取り方だと思いますから。

それでも、私はそう受け取れる部分があると思いました。

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