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2014年1月19日 (日)

カルト的発想でカルトを批判してもしょうがないだろ

 日本テーラワーダ仏教協会事務局で、『怒らないこと』(サンガ新書)が大ヒットしたアルボムッレ・スマナサーラ長老の著作編集にも関わっているという仏教活動家の佐藤哲朗氏が、『日本「再仏教化」宣言!』(サンガ)という著書を発表。その中で、仏陀再誕はあり得ないとして、再誕の仏陀を自称する幸福の科学・大川隆法総裁を批判したようです。

 すぐさま幸福の科学がこれに反応。教団の機関誌『ザ・リバティ』のウェブサイトに、〈『仏陀再誕』を否定するものは仏教ではない〉という記事を掲載し、事実上、佐藤氏を悪魔呼ばわりしました。

 「大川隆法=仏陀」という教義を正面切って否定する仏教関係者とは、なかなか頼もしいとは思ったのですが、私は佐藤氏のTweetを読んで、著しく萎えてしまいました。論争の原因となった『日本「再仏教化」宣言!』は読まないと思います。どっちも似た者同士なので勝手にやりあってね、としか思えずにいます。

 そう考える原因になった著者・佐藤氏のTweetはこれ。

 この本は、たとえば「大川隆法も(佐藤氏が言う)ブッダも、どちらも取らない」みたいな立場は許さないわけです。

 幸福の科学は、自分たちの意に沿わないことをする人を、しばしば左翼・唯物論(教団的には、ほぼ悪魔と同義)呼ばわりしたり、モロに悪魔憑き呼ばわりしたります。教団を批判した人が実際に左翼的な人であろうとなかろうと、幸福の科学ではない別の信仰を実際に持っていようといまいと、そんなことは関係ありません。幸福の科学を取るか悪魔を取るかという選択を迫られ、その選択は不可避です。

 佐藤氏の発想と幸福の科学は、よく似ています。

 ってなことから、『日本「再仏教化」宣言!』に期待を持っていた知人に、こんなTweetをしました。

 そしたら佐藤氏自身から、こんなコメントが。

 なんだか、元の発言とは違うことを言い出しました。

 もともとの佐藤氏のTweetには、「霊言を取るか釈迦牟尼ブッダと取るか」と書かれています。「取る」というのが「信者になる」という意味なのか「それが正しいと受け取る」という意味なのかは不明です。が、いずれにせよ、どちらかを肯定するという二択しか示されていないことに変わりはありません。

 私としても、佐藤氏が「仏教徒になれと言っている」などとは書いていません。だいたい、佐藤氏が言う「ブッダ」「仏教」が正しいかどうか、私は知りません。だから佐藤氏が示した二択を、私は「幸福の科学を取るか仏教を取るか」ではなく「幸福の科学を取るか、佐藤氏の考えを取るか」だと解釈しています。

 実際にはほかの判断の選択肢もあるはずなのに、一方的に設定した二択しか許さない発想は、「善(自分たち)か悪(それ以外)か」の二択を迫るカルト的な二元論と変わりません。

 信者が脱会し幸福の科学の問題としっかり向き合うきっかけになりうるという点では、幸福の科学の教義の大前提を否定することが意味を持つ場面もあるかもしれません。しかしその時に提示される選択肢が、カルト的な二択だけとなると、その人はカルト的な発想から別方向のカルト的な発想にスライドするだけです。

 信者が幸福の科学をやめたところで、教団の反社会性が問題なのだという認識を持たないまま、教義の正否だけで判断する傾向を保ち続けていると、様々なリスクがあります。その人が「正しい教義だ」と考えれば、ほかの反社会的な団体や人物に心酔したり、あるいは反社会的な手段でカルトを攻撃するといったことも起こりうるからです。「カルト問題」の現場では、実際にそういうケースは時折見られます。

 たとえ大川総裁が本物の仏陀だったとしても、批判者を威嚇したり有名人の名前を使って霊言本を売ろうとしたり偽装勧誘をしたりという問題が正当化されるわけではありません。幸福の科学が社会的に問題であるとされる理由は、大川総裁が本物の仏陀かそうでないのかとは、全く別のところにあります。

 ですから、大川総裁が本物の仏陀であるかどうかという論争には社会的価値はほとんどありません。ただでさえそうなのに、カルト的な極論で教義論争をするようでは、お話になりません。

 私は『日本「再仏教化」宣言!』を読んでいません。著者の発言について著者を批判するだけで、別に読むなとか買うなとか言うつもりはありません。この文章を読んでいる皆さんに「藤倉と佐藤氏とどっちを取るか」なんていう二択を迫ったりもしません。人それぞれにいろんな判断の選択肢があると思います。

 ただ、カルト的発想で発言する宗教関係者には注意した方がいいと思います。

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コメント

無意識的に無宗教の立場こそが、それのみが理性的で正しい。
それしか選択肢はない。
それのみが正しい。

という一択を迫っているのが主筆氏の意見ですけどね。

 いいえ。無宗教が正しいなどとは一言も書いていませんし、考えてもいません。
 幸福の科学のような、一見お笑い宗教のようなものですら、害をなさないのであればぼくは否定しませんよ。同時に、すべての宗教を否定する意見も否定しません。その点について、ぼくは読者に何も要求していません。

文章に明文化された考えの背景には、その考え方の根拠となる思想が前提として織り込まれているものです。

このブログの記事に書かれている意見もそうですが、その前提には「すべての宗教はおとぎ話に過ぎない」という考え方があり、貴方はそういう思想的立ち位置にいるわけです。
ですから、別にあなたのとっている立場が中立というわけではないし、佐藤氏をメタの視点から見られているわけでもありませんよ。

 もう一度書きます。ぼく自身が無意識的に「無宗教の立場こそが、それのみが理性的で正しい」と考えているというのは、あなたの勝手な想像です。ぼくはそんな考えに基いて発言はしていませんし、そのような一択を読者に迫ってもいません。
 ぼくは無神論者ですが、そういう文化で生まれ育っただけのこと。それが唯一の正しい答えだと判断して選んだ自負はありません。誰も存在を立証できておらず自分でも実感したことがない存在は信じることができないだけのことです。実感できている人は信じられるんだろうと思っています。

> ですから、別にあなたのとっている立場が中立というわけ
> ではないし、佐藤氏をメタの視点から見られているわけで
> もありませんよ。

 その通りですよ。もともとオレ視点のオレ意見ですが何か。ぼくが中立のメタ視点だと思ってたんですか? あなたの無意識がぼくに何を期待してるのかわからない。

 さて、文章に書かれていない「無意識的」な思想がわかってしまうあなたにお聞きしたいのですが、ぼくがいまあなたのことをどう思っているかはわかりますか? 「目の前の事実と自分の脳内の妄想の区別がつかないバカ」だと思っています。

気に入らないことを言われたり、自分の間違いや未熟さを指摘された場合、ふつうの人間は怒ります。
そして、自らの落ち度を反省するのではなく、相手を愚かであると思うようになるのです。

自らの落ち度を反省することができる謙虚さを持てた時だけ、人はその出来事を成長の機会とすることができる。

そこに人間性がでる。
人徳のない人はそこで成長が止まる。

「気に入らないことを言われる」のと「間違ったことを言われる」のとは違うんだけど、他人の無意識がわかっちゃうあなたでも、その違いはわからないんだ。

> 自らの落ち度を反省することができる謙虚さを持てた時だけ、
> 人はその出来事を成長の機会とすることができる。

つまり、あなたは自分が成長できない人間であると主張しているのですね。

>2014/01/22 11:27:38
この人のコメントを初めて読んだとき、佐藤氏の態度(または上に貼られていた2chのコメント)を批判しているのかと思いました。
逆だったんですね。
そう思って読み返すと、「成長」云々言って相手の人格を非難するようなやり方も、カルト臭というか悪質自己啓発セミナー臭がプンプンします。

バカボンを選ぶか釈迦を選ぶかはあくまで仏教を物差しとする考えを受け容れることを
前提とした上での問題提起だろうし、またそのようにしか機能し得ないものだと思うんだよねえ。

ならば世俗に居直る衆生にはそんなことは関係ないわけで、鎌倉さんはそこを読み違えて過剰反応したようにも見える。

お邪魔します。

パーリ経典の「スッタニパータ」に「論争をするな、超越しろ」という主旨の教えがあるんですがね。。。

話題の本の著者は「論争をするなという教えが一番だ!」と言って論争をするという、あまりにトリビアルな罠にはまっているように見えますね。

カルトはとかく俗っぽい
仏陀か否かと選択を迫る人間も
まことに僭越至極
自分がどんだけ偉いんだと

私もかつてさんざん論争したAjitaさんですが、
スリランカ・シャム派僧侶のスマナサーラさんの日本テーラワーダ仏教協会のスポークスマンでアジったさんで、アジるのがお好きですから
「霊言を取るか釈迦牟尼ブッダを取るか」ってーのは、そういうセンセーショナルなあえて投げかけたコピーなんでしょう。
まあそこをつっついても、確信犯でアジったセリフでしょーし、しゃあないなあといった感っすね。

日本テーラワーダ仏教協会のスタンスか、Ajitaさん個人のスタンスか、スリランカ仏教シャム派のスタンスか、はたまたスマナサーラんさん個人のスタンスか知りませんが
かなり独善的で、唯一仏教なり!とにかく釈迦の教えを唯一正しくそのまま伝えている!…という信仰(そう信仰)に基づいて
学術的見解とは別の立場が見え、妄信性が強い布教法を取ってるのが問題に思っています。

仏教は、自灯明、つまり自ら考えぬくことがやはり根幹なんですから
唯一そのまま伝えているからどうこうという価値観にだけ頼るのは危うい。
なぜ正しいのか、どう正しいのか、そういう論点で突き詰めないと
結局それでは、この信仰だけが真実、偉い人が言ってるから真実!という根拠に立ってしまい、カルトの論理と同じことになってしまう。

例えば、よく問題になってる念仏宗無量寿寺なんかも、釈迦の真実の教えを代々正しく伝えていると称しており
信者は、それはすばらしい!これがホントの釈迦が説いた教えなんだ!と信じきっています。
これと同じになってきちゃうと思うんですよね。

つーか部派仏教って時点で元来と違うし、中でもスリランカに残ったのは傍流でインドにおける部派の中心の流れでもないし…
あくまでスリランカシャム派の言うそれは、「信仰」です。

私は悟ってなんかないので、解脱とは何なのか?わかりません。

これは、カルトというか形而上学的立場の違いだと感じます。

だって、解脱の経緯のない人にとって、解脱は形而上のものでしょ?

上座仏教の立場では、仏陀は輪廻から解脱した。となります。

幸福の科学の立場では、仏陀は神通力で再誕する。となります。

お互いの立場が相いれるハズはありません。

ただ、輪廻からの解脱なるものを経験してないもの同士の議論なので形而上学的な議論だと思います。

神がいるかいないか?みたいに証明できる議論ではないと思います。

問題の本質はここにあると思います。

http://hs-sns.net/?m=pc&a=page_o_login

みんなで「ハス」に乗り込まね??

スパイごっこしようぜ!!

HS撹乱要員の溜り場らしいよ、

ここ(笑)

スリランカ仏教は、そもそも独立運動の為の仏教で、カルトでは無くアパルトヘイトです。

現在は人口の70%が仏教徒ですが、独立前は、ほぼキリスト教に改宗されていました。

独立後のスリランカ仏教は、スリランカ内戦の旗振り的役割で、死者や難民を合わせて、40万人程度出しています。

スリランカは、北海道より小さい島ですが、東北震災より死者を出しているし、別段どの宗教に対しても全く同じで、凶暴そのものです。

佐藤氏は、それの日本支部の番頭さんですから、当然そういう物言いになるんだと思います。

早い話が、カルト=悪だとしても、アパルトヘイト=極悪なんです。

オウムとか幸福とか、それと比べれば可愛いものですw

やや日刊カルト新聞の読者として報告します。北海道幕別町(まくべつちょう)で幸福実現党公認の町議会議員候補が当選しました。当選したのは小島智恵氏。4年前の選挙で無所属で初当選、その後4年間で地盤や後援会を固めて、今回は幸福実現党の公認も受け、全候補者21人中11位での再選となりました。なお、落選した候補者は1人だけでした。Yahoo!で「NHK 統一地方選挙」と入力して検索すると開票結果が表示されるのでご参照下さい。余談ながら、私は幕別町に近い北海道の音更町(おとふけちょう)に在住しています。藤倉総裁、鈴木主筆をはじめ、記者の皆さんの更なるご活躍を期待しています。

話の腰折ってスンマセン。
私は、このブログの二つの選択肢以外に

http://sanpole.blog.fc2.com

この現役幸福の科学信者を選ぶ
第三の選択肢を
取りたいと思います。笑

現役の信者で、普通に支部に出入りして
ブログでは大川隆法の中傷三昧、幸福の科学退会の
ススメ。

幸福の科学の信者のクオリティがよくわかりますね。

日本テーラワーダ仏教協会事務局長佐藤哲朗先生は、協会の許可も取らず精神障害者差別して、反政府活動家気取り。
反差別運動(笑)でも精神障害者は、差別して恥じないんですから。

結局、佐藤哲朗氏は元々新左翼活動家、決めつけるのが得意な、
プロ市民です

新左翼活動家、だった佐藤哲朗氏は、宗教より、事の善悪を、主観で決めてしまうのです。
残念ながら。

佐藤哲朗事務局長は、二元論、0か100かから逃れられないようですね。

佐藤哲朗事務局長は、正義か悪かしか、判断できないようです
http://blog.livedoor.jp/satoutesurou/

そうか学会と同じ思考

藤倉さま、こんにちは。

幸福の科学学園の卒業生のほとんどがHSUという道楽私塾に行ってるという問題で、近いうちに調査と報道をお願いしたいと考えております。

場違いではありますが、日刊カルト新聞のコメントには書き込みができませんでしたので、こちらに書きます。

コミケで主筆さんに資料をお渡ししました。

内容的には正規の大学進学を強く勧める内容が多いですが、
進学辞退してまでHSUに行かれるのは、見ている側も辛かったりします。

交際や結婚も、教団内に縛られない方が望ましいと考えました。何かのお役に立てれば、嬉しく思います。

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