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2016年8月22日 (月)

『週刊金曜日』、記事の信憑性が怪しくなってきた

 前回の「【復元】菅野完氏の「性的暴行」を報じた『週刊金曜日』のステマ疑惑 #週刊金曜日 #中島岳志」の続きです。本当に『週刊金曜日』が、このステマ的手法に関わったのかどうかなど、事実関係について『週刊金曜日』編集部で北村肇社長と平井康嗣編集長に聞いてきました。

 『週刊金曜日』7月15日号の記事〈ベストセラー『日本会議の研究』で注目の作家 菅野完氏が性的「暴行」で訴えられていた〉について、記事に登場する被害者女性が、別の性的被害者を利用してステマ的な手法によってネットで記事を拡散し、評論家の中島岳志氏も加わって菅野氏の言論活動を潰すためのリンチが演出されました。これに『週刊金曜日』も関わっていたのではないかと指摘されていることから、事実関係を確認するための取材でした。

 しかし取材後、記事に掲載するための『週刊金曜日』側のコメント内容を確認する段になって、『週刊金曜日』側が「やっぱ取材はなかったことに」「ゴヒエツコ氏の名を掲載するならコメント掲載は不可」みたいなことを言い出して、駄々をこね始めました。なので『週刊金曜日』側のコメントは載せずに、このわけわかんない取材の経緯も含めてまとめます。

 ざっくり言うと、『週刊金曜日』の記事の信憑性に対する疑いが大きくなり、それ以外諸々から考えて『週刊金曜日』は「うんこ」である。これが藤倉の結論です。

 なぜそういう結論になるのかは、長くなって申し訳ありませんが、以下を読んでいただければと思います。

  • 『週刊金曜日』ノーコメントへの道

 7月20日、藤倉は『週刊金曜日』を訪れ、1時間半以上にわたって北村肇社長と平井康嗣編集長から説明を受けました。その後の7月29日、『週刊金曜日』はブログに「本誌記事をめぐる誤解と中傷について」という声明文を掲載しました。後述しますが、『週刊金曜日』は「ステマ」とは関係がないという趣旨の主張です。

 藤倉が編集部での取材に際して、『週刊金曜日』とは以下のような約束を交わしました。

・藤倉のブログで記事にすることを前提とした「取材」である

・『週刊金曜日』のコメント部分については事前に確認をした上で掲載する

 8月4日、ブログの原稿が書き上がったので、『週刊金曜日』のコメント部分だけを抜き出したものを確認のため平井編集長に送りました。お盆休みに入るので確認に時間がかるという趣旨の返答が来ました。タイミングが悪かったのは、原稿を書き上げるのに時間がかかったこちらの責任なので、仕方ありません。ところが平井編集長からのメールには、不可解な文章が添えられていました。

 公式見解を発表したのだから取材はなかったことにしてほしいという意見が『週刊金曜日』関係者から出ている、という趣旨の文章です。

 企業が発信する声明文は、企業側が言いたいことを発表するものです。これに対して部外者による取材は、部外者が知りたいこと、読者が知りたいと思っているであろうことを知るために行うものです。こうした報道側の論理を理解しない一般企業等が、プレスリリースと取材対応の区別がつかないのは、仕方ないと思います。しかし今回の相手は『週刊金曜日』。もし違ったら申し訳ないんですが、いちおう報道メディアですよね……?

 一瞬、素人さんを相手にしているかのような錯覚に陥りました。いや、素人さんだって、取材を受けておきながら後出しで「もう公式声明出したから取材はなかったことに」なんて言ってきたケースは、藤倉自身は、いままでのライター生活で経験したことがありません。

 しかも「取材はなかったことに」という要望は、そういう意見が『週刊金曜日』関係者から出ているということを藤倉に伝えておく、という文脈で書かれていました。要望ではなく単なる報告という体裁です。社として要望するのかしないのかも、よくわかりません。

 メールの冒頭には「事実関係の再確認も必要ですのでしばしお時間をください」と書かれていたので、わけのわからない要望らしき部分は無視して返事を待ちましたが、世の中ではお盆休みが終わっている時期になっても音沙汰がありません。そこで8月18日に改めて催促をすると、翌8月19日、返事が来ました。

 コメントの文面に手を加えた添付ファイルがついてました。しかしメール本文には、「ゴヒエツコ」という名を掲載する記事である場合はコメント使用は不可と書かれていました(※この点については末尾の追記をご覧ください)。「ゴヒエツコ」とは、『週刊金曜日』が菅野完氏による「性的暴行」の被害者として報じた人物のハンドルネームです。

 「ゴヒエツコ」と記載する記事である場合、『週刊金曜日』としては、こういうコメントだそうです。

「被害者本人が特定されるようなアカウンティング情報アウティング情報が報じられる記事に小誌の取材コメントが載ることには同意できません」

 つまり、ノーコメントってことです。

 この最終段階に来て、いきなり新しい条件が登場です。こんな重大な条件を、掲載前のコメント確認の段になってから持ち出されるというのも、藤倉は自分のライター生活の中で記憶にありません。カルト宗教を取材していても経験したことがないような取材対応を、『週刊金曜日』から経験させてもらえるとは思いませんでした。

 条件の後出しであるという点を除いても、メディアが口にする理屈として、あまりに乱暴です。要するに「うちのコメントを使いたいなら、うちが指定した内容の記事にしろ」と言っているわけですから、編集権への不当な干渉です。編集権への干渉は、「報道の自由」という観点から、メディア関係者にとって、最もあってはならないものです。

 『週刊金曜日』の人たちって、普段からこんな初歩的な理屈もわからないで仕事してるんですかね。

 藤倉は、今回の一件について「ゴヒエツコ」というハンドルネームの掲載は避けられないと考えてます。理由は、「【復元】菅野完氏の「性的暴行」を報じた『週刊金曜日』のステマ疑惑 #週刊金曜日 #中島岳志」の末尾で書いた通り。

 『週刊金曜日』による干渉を許すと、藤倉自身の考えや良心に従った記事にすることができません。なので『週刊金曜日』とは一切交渉しないことにしました。ここでは「ゴヒエツコ」と記載した上で、『週刊金曜日』側のコメントは載せないことにします。

 ただし、実際には行われた取材が「なかったこと」になるはずもありません。『週刊金曜日』の「コメント」は載せませんが、取材に基づく事実については書きます。

 ぶっちゃけ、『週刊金曜日』の取材対応のぐだぐだぶりなんて、このブログを読む皆さんはどうでもいいと思うかもしれません。しかし後述するように、今回の件では『週刊金曜日』というメディアの信頼性に関わる問題も浮上しています。それに間接的に関係するものでもあるので、『週刊金曜日』のノーコメントへの道のりを記録しておくことにしました。

  • で、本題の「ステマ」疑惑ですが

 『週刊金曜日』がブログに掲載した声明文「本誌記事をめぐる誤解と中傷について」には「Aさん」と「Bさん」という人物が登場します。Aさんが、菅野完氏による「性的暴行」の被害者とされる人物「ゴヒエツコ」氏です。「Bさん」は、当ブログで「c71氏」と表記してる人物。『週刊金曜日』が報じた菅野氏についての記事をゴヒエツコ氏からの依頼によってステマ的手法で拡散し、後にその舞台裏をブログで暴露しました(ゴヒエツコetsugohi 氏とゆかいな仲間たちとその失礼)。

 声明文によると、『週刊金曜日』は「本誌はBさんとは直接の関係がありません」「また掲載誌を取材協力者にお送りすることも当然です。それは通常の仕事であり、ステマとされるいわれはありません」と主張してます。ステマ的な手法に『週刊金曜日』は関わっていない、という主張です。

 藤倉がc71氏を含め「ステマ」計画のグループチャットに参加していた人々に確認したところ、『週刊金曜日』からの要望とされるものは全てゴヒエツコ氏を通じて伝えられるばかりで、ゴヒエツコ氏以外に『週刊金曜日』側と直接やり取りをした人はいないようでした。このことから、『週刊金曜日』が事前に「ステマ」計画に直接関与したことを示す証拠は得られませんでした。

 『週刊金曜日』の主張が正しければ、この「ステマ」は『週刊金曜日』ではなくゴヒエツコ氏が仕掛けたもの、ということになります。

  • 『週刊金曜日』との関係を示すゴヒエツコ発言の数々

 しかしc71氏たちは当初から、『週刊金曜日』あるいは担当記者が了承した上での「ステマ」計画であり、記事の全文掲載についても『週刊金曜日』側が追認していると信じていました。ゴヒエツコ氏が繰り返し『週刊金曜日』側の動きや言動に言及してきたからです。

 まず、c71氏に人づてで送られてきた、ゴヒエツコ氏からの拡散依頼のDM。ここには、週刊金曜日に記事が載るということだけではなく、〈金曜日も第二弾、第三弾と続ける予定です〉(c71氏のブログより)と、『週刊金曜日』側の内部情報も書かれていました。

 また、グループチャットのやりとりでも、ゴヒエツコ氏のこうした発言があります。

〈逐一記者さんにも報告してます〉

〈金曜日が出て月曜にネットに載るから、ちょうどいいですね〉

〈(c71氏のブログ記事について=藤倉註)金曜日の人たちも喜ぶ〉

〈特に担当の女性記者はパワハラとか耐えてこれ書いてくれたから、励みに絶対なる〉

〈(記事の全文掲載について=藤倉註)金曜日の記者さんは見ないふりをしてくれてますが、買った人がそういうことをするのは自由ですから、と、〉

〈昨日、記者さんは早く私が拡散したいくらいだ、と言ってたから大丈夫じゃないかな〉

〈金曜日がいずれネット配信したときに、また少し新しい事実を加筆する予定なので、バトルは避けつつ淡々と話題になってればいいな〉

 c71氏がネット上で公開したログは抜粋版ですが、抜粋されていない生ログを藤倉が確認させてもらったところ、ゴヒエツコ氏はこういう発言もしていました。

〈著作権がとか言ってくる人は、もし繋がりあるなら、許可を得てるって言ってくださいね〉

〈●●さん(原文は本名。記事全文掲載に否定的な見解を表明した人物=藤倉註)は前からたぶん誰かに聞いてて、このブログが記者に黙認されてることを知らないんだろうな〉

 いずれも「ステマ」実行後のやりとりですが、『週刊金曜日』側が承知のうえで追認しているかのような説明を、ゴヒエツコ氏が行っています。

 ゴヒエツコ氏がグループチャットで『週刊金曜日』からの要望をc71氏に伝えていた形跡もあります。

「あ、記者さんから一言週刊金曜日の記事であることを触れてほしいと
 最後でもなんでもいいので、と
 上の人間が気にしそうらしいです
 あ、つぶやきにも入れてほしいと
 できれば」(グループチャットのログより)

 『週刊金曜日』とゴヒエツコ氏の言い分の食い違いは、ほかにもあります。

 ゴヒエツコ氏は『週刊金曜日』が記事をネットでも配信する予定だと発言していたのに対して、『週刊金曜日』は声明文で、こう書いています。

〈しかし、今回の記事は「性被害」という微妙なテーマがからんでいたことから、宣伝にも慎重を期しました。結果、大きな宣伝効果があるヤフーニュースへの配信という選択肢もとりませんでした。〉

 藤倉の取材に対する『週刊金曜日』の説明が正しければ、ネットへの記事配信は最初から予定されていませんでした。

 両者の説明は多くの部分で完全に食い違っており、『週刊金曜日』の言い分が正しいなら、ゴヒエツコ氏が説明していた『週刊金曜日』との関係は事実無根ということになります。逆にゴヒエツコ氏の言っていることが正しければ、『週刊金曜日』が公式声明や藤倉の取材に対してウソをついているということになります。

 『週刊金曜日』編集部が関知しないところで記者個人が「ステマ」に関わっていたのではないか、という疑惑もも残されているように見えます。しかし7月20日に藤倉が取材した際、平井編集長は記者から聞き取った内容も踏まえた上で「ステマ」との関係を否定していました。

 仮に記者個人がウソをついていたのだとしても、編集部と記者個人を分離して捉える必要はないでしょう。すでに『週刊金曜日』側は記者も含めて「ステマ」との関わりを否定している状況です。もし仮にこれがウソだということになれば、それはもはや記者個人のウソではなく『週刊金曜日』としてのウソになります。

  • 疑われる記事の信憑性

 取材の際、『週刊金曜日』側はそれなりに辻褄の合う具体的な説明をしていました。藤倉としては、現時点では『週刊金曜日』がウソをついているという印象は抱いていません。『週刊金曜日』側の具体的なコメントを見ていただければ、多くの読者は藤倉と同様の印象を受けるのではないかと思います。しかし『週刊金曜日』の要求により、コメントをお見せできないのが残念です。

 それはそれとして、今回の取材と『週刊金曜日』の声明文から、新たな疑問が生まれました。『週刊金曜日』が載せた記事の信憑性は大丈夫なのか?という疑問です。

 「ステマ」疑惑に関連するゴヒエツコ氏と『週刊金曜日』の言い分が完全に食い違っているため、どちらかが事実と違う主張をしていることは間違いありません。仮に『週刊金曜日』が事実と違う説明をしているとすると、ウソツキが載せた記事を信用できるのか、という問題が出てきます。逆に、仮に事実と違うことを言っているのが『週刊金曜日』ではなくゴヒエツコ氏の方だということになると、そんなゴヒエツコ氏の証言に基づいて書かれた『週刊金曜日』の内容がどこまで信用できるのか、怪しくなってきます。

 つまり、どう転んでも『週刊金曜日』の記事の信憑性にケチがついてしまうという構図です。

 この点についても、藤倉は『週刊金曜日』の北村社長の釈明を聞いているのですが、『週刊金曜日』の要求により掲載できません。ただ、その内容は、『週刊金曜日』が声明文で主張していることとおおむね同じです。

〈さらに、記事に関しても、Aさんの証言のみによって書かれているかのような悪質なデマがあります。読んでいただければわかるように、裁判資料などの客観的な資料に基づいて書いていますし、菅野氏にも取材しコメントを載せています。事件の真偽のほどもわからないとする印象操作もされていますが、そもそも事件自体は菅野氏が「事実」であると認めているものです。〉(声明文より)

 確かに「事件」そのものについては菅野氏は否定していません。しかし『週刊金曜日』が7月15日号で掲載した記事〈ベストセラー『日本会議の研究』で注目の作家 菅野完氏が性的「暴行」で訴えられていた〉には、裁判になっている「事件」そのもの以外についての事実関係も記載されています。この点については、記事に菅野氏の言い分は掲載されていません。たとえば、

〈女性は同氏(菅野氏のこと=藤倉註)所属の運動体に、ほかに被害が出ないよう周知を頼んだが。だが「運動を潰すわけにはいかない」「運動と関係ない」などと言われ、訴えを聞き入れてもらえなかったという。〉(記事より)

〈被害女性はこうも話す。「『被害』に遭ったほかの女性たちにも話を聞いた。菅野氏はさまざまな運動において、真摯に取り組む女性の思いを巧妙に利用し、ハラスメントやつきまといなどをしているようです。〉(記事より)

 こうして「被害女性」の証言に基づいて、菅野氏が所属していた運動体にも問題があったかのような記述や、裁判になっている件以外にも被害者がいるかのような記述をした上で、菅野氏をこう非難しています。

〈7月1日にもツイッターで、「慰安婦」報道に関して「完全に『女性の人権』って観点抜けてますよね?」と批判した菅野氏だが、この発言が自身にも跳ね返ることには考えが及ばないのだろうか。〉(記事より)

 中立的立場から「どのような争いなのか」をリポートする記事ではなく、女性の主張に乗っかって菅野氏を非難するという構成です。それ自体は構わないのですが、それは事実確認がきちんとなされていることが前提です。仮にこれが事実であると判断できるだけの根拠を確認しないまま載せた記事であった場合には、ゴヒエツコ氏だけではなく『週刊金曜日』も、菅野氏に対する名誉毀損の加害者ということになります。

 『週刊金曜日』は「裁判資料などの客観的な資料に基づいて」記事を書いたと主張していますが、ゴヒエツコ氏が菅野氏を訴えた裁判はまだ係争中で、判決は出ていません。係争中の裁判で「公に示された事実関係」というのは原告・被告双方の主張です。「客観的事実」でも「裁判所の認定」でもありません。

 たとえば藤倉自身は、幸福の科学学園から訴えられた裁判で、こちらの主張の正しさを証明するために学園の授業プリントや生徒の授業メモといった物証を証拠として提出しました。このような、双方に真贋についての争いがない物証であれば、判決前であっても第三者が客観的資料と捉えても差し支えはないでしょう。しかし上記で引用したような女性の証言は、内容の性格上、必ずしも直接的物証があるとは考えにくいものです。「裁判資料」といっても単に「裁判に出された一方の主張」にすぎない場合も多いわけです。

 「裁判資料を見た」だけでは、記事の信憑性に説得力を与える説明になりません。「どのような性格の裁判資料なのか」次第です。しかしその点について、『週刊金曜日』は声明文でも藤倉の取材に対しても、具体的な説明を一切していません。

 『週刊金曜日』の主張に基づくと、「ステマ」計画におけるゴヒエツコ氏の言動は事実ではないが、そのゴヒエツコ氏が取材や裁判では本当のことを言っている、という理屈になります。そう言える根拠が「だって裁判資料見たもん」と。さすがに、これで「そうか、なら記事の信憑性は問題ないな」と捉えるのは無理です。

 実際、上記で引用した記事の内容のうち、菅野氏が「事件」当時所属していた運動体が問題を隠蔽したかのような記述について、雲行きが怪しくなっています。首都圏反原発連合の関係者がTwitterでこんな投稿をしています。

 「のいほい氏」というのは菅野氏のことです。

 『週刊金曜日』が「ステマ」などという卑劣な行為への関与を否定した点については、それはそれでよかったと思います。藤倉自身、メディアがそんなものに関わるなんてことは、あってほしくないことでした。

 しかし、代わりに記事の信憑性に疑問の余地が生まれてしまい、むしろ『週刊金曜日』の傷口は広がったように見えます。

 菅野氏についての『週刊金曜日』の記事は、平井編集長ではなく北村社長が直々にデスク業務を務めていました。社長自らが手がけた記事の信憑性が疑われるというのは、1本の記事やその担当記者の問題にとどまらず、『週刊金曜日』という雑誌そのものや会社そのものの信頼性に関わる重大な事態なのではないでしょうか。

  • 『週刊金曜日』は「うんこ」

 最後に、「うんこ」の話を書きます。

 ゴヒエツコ氏は「ステマ」計画のグループチャットの中で、『週刊金曜日』の記者が菅野氏についての記事のゲラを『「うんこ」ゲラ.pdf』というファイル名で送ってくるという旨のことを書いていました。そこで藤倉はTwitter上で『週刊金曜日』に対し、これが事実なのか尋ねました。Twitter上では返事がありませんでしたが、7月20日に『週刊金曜日』で取材した結果、これは事実であることがわかりました。

 取材の際に『週刊金曜日』側から聞かされた言い分は、「これがメディア関係者の言うことか?」と思いたくなるほどバカバカしくて笑える内容でした。それ以前に、取材に来たライターと雑誌社の社長と編集長のおっさん3人が会社の応接室で「うんこ」「うんこ」と言い合っているわけですから、その時点でもはや内容を問わず笑える光景です。

 みなさんにも笑っていただきたかったのですが、『週刊金曜日』側の要求によりコメントとして掲載できないのが残念です。

 いずれにせよ『週刊金曜日』が菅野氏を指して「うんこ」と表記していたことは事実であり、それも、やむを得ない事情があったわけではなく、記者が取材対象者へのサービスとして敢えて選んだ侮蔑表現でした。

 記事の内容だけではなく、このような形で事件の一方の当事者に媚びる記者の姿勢も、報道に関わるものとしていかがなものかと思います。

 仮に菅野氏に面と向かって、あるいは記事の中で、堂々と「うんこ」呼ばわりするのであれば、口汚いとは言え言論としてはまだ健全だったかもしれません。しかし取材対象者との間だけでコソコソ「うんこ」と言い合うとは、言論云々以前に人間として卑劣です。

 『週刊金曜日』は、記者の教育がなってないのではないでしょうか。加えて、藤倉の取材に対して『週刊金曜日』側は、「うんこ」について言い訳をするだけで反省の言葉や菅野氏への謝罪の言葉はありませんでした。

 記者個人だけではなく『週刊金曜日』そのものが「うんこ」だなと思いました。

Photo

  • 「うんこ」の上塗り

 追記です。

 『週刊金曜日』の平井編集長からメールが来ました。『週刊金曜日』のコメントとして送った文章のうち、「アカウンティング情報」は「アウティング情報」の間違いだったので、訂正してほしいという趣旨でした。

 これを受けて、上記に掲載した『週刊金曜日』のコメントのうち、「アカウンティング情報」という部分を「アウティング情報」に修正しました。

 「アウティング」とは「暴露」のことです。

 当初『週刊金曜日』のコメントにあった「被害者本人が特定されるようなアカウンティング情報」というのは、Twitterアカウントに使われている「ゴヒエツコ」という文字列を指すのだろうと思います。これが「アウティング情報」となると、「ゴヒエツコ」というハンドルネームにかぎらず、c71氏が暴露したゴヒエツコ氏に関する情報全般に対象が広がってしまいます。

 そういう趣旨と理解していいのか、平井編集長にメールで尋ねたところ、これでいいそうです。

 当初は「ゴヒエツコ」という名前を掲載する記事へのコメント掲載は不可としていた『週刊金曜日』の要求は、c71氏が暴露したゴヒエツコ氏に関する情報が掲載される記事への『週刊金曜日』コメントの掲載は不可、というものに訂正されました。

 そもそも「ステマ疑惑」自体が、c71氏によるゴヒエツコ氏についての暴露情報に立脚したものです。当ブログの記事も、その疑惑をテーマにしている異常、暴露情報に触れない書き方をしたら、もはや何について書かれている記事なのかすらわからなくなり、記事として成り立ちません。

 つまり『週刊金曜日』の新たな要求は、事実上、こういう要求です。

「うちのコメントを載せるのであれば記事を載せるな。記事を載せないなら、うちのコメントを載せてもよい」

 ということですね。

 修正前よりむしろ無茶苦茶な要求になっています。

 「うんこ」の上塗り。

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コメント

長々とお書きになっていますが、最も基本的な問題、すなわち

・ノイホイ氏が性暴力行為についてツイッターで自ら「全面的に自分が悪い」と認めていること

この1点は誰でも確認できる事実なんですよね。これは不法行為・違法行為に関わる問題です。

一方、藤倉さんが盛んに話題にしていること、すなわち

・被害者による「ステマ」があったとされること
・編集部がノイホイ氏を「うんこ」と呼んでいたとされること
・編集部の取材対応が藤倉さんに言わせると「ぐだぐだしている」こと

これは倫理上の問題であって、法的な問題にはなりえません。そこは切り分けて考える他ない、ということはおわかりですよね。

今回の藤倉さんのエントリの目的は何でしょうか。「被害者による陰険な策謀があったようだし、編集部がノイホイ氏を『うんこ』呼ばわりしていたからには性暴力の事実も怪しいものだ」と印象づけることにあるのでしょうか。ならば「何を言ってるんだ、それは全く次元が違う話だよ」としか言いようがありません。

被害者や編集部の倫理的な瑕疵に乗じてどさくさまぎれに性暴力の事実まで否定しようとする火事場泥棒の態度、と申しますか。それこそミソとクソをごっちゃにしています。

>要するに「うちのコメントを使いたいなら、うちが指定した内容の記事にしろ」と言っているわけですから

「要するに」ではなく、週刊金曜日の言い分は文字通り
「被害者本人が特定されるようなアカウンティング情報アウティング情報が報じられる記事に小誌の取材コメントが載ることには同意できません」
と、いうものです。他者の発言を叩きやすい形にアレンジして叩くのは藁人形論法ですね。典型的な詭弁です。

>根拠が「だって裁判資料見たもん」と

これもあくまで藤倉さん独自の「要約」ですね。ノイホイ氏のツイートによると、同氏は性暴力に関する自らの責任そのものは争っていません。ならば裁判でもそのように主張していると見るのが自然です。民事裁判で自らの責任を(たとえ部分的にせよ)認めているならば、「ああ、この人は"やっちゃった"んだな」と判断する根拠としては充分です。

上原修一郎様

ここで論じられているのは『週刊金曜日』という雑誌のいい加減さ、いかがわしさであって、性暴力の有無ではありませんよね。

論点をずらさないように。性暴力そのものについては何も言ってませんよ。

上原修一郎さん

 kiwiさんが変わって答えてくださっている通り、「性暴力」そのものをめぐる事実関係については、ぼくは何も言っていません。その辺りに関するぼくの考えは、前回の記事(http://cultwatching.cocolog-nifty.com/shuhitsu/2016/07/toge-6d76.html)に書いてあります。

 読んでいただければおそらく、

> 今回の藤倉さんのエントリの目的は何でしょうか。
> 「被害者による陰険な策謀があったようだし、編集
> 部がノイホイ氏を『うんこ』呼ばわりしていたから
> には性暴力の事実も怪しいものだ」と印象づけるこ
> とにあるのでしょうか。

 という質問が的外れであることはわかっていただけるのではないかと思います。

 読んでもわからなければ、前回の記事を踏まえた上で改めて質問してください。

君は人間のゴミクズみたいな顔してますね。

まっとうに生きなさい。

人間らしく。 虫ケラみたいな生き方はやめなさいね。

週刊金曜日がまた書いてくれましたね。

性的「暴行」事件を起こした『日本会議の研究』の著者・菅野完氏をめぐる「運動体」の対応
http://www.kinyobi.co.jp/news/?p=3692

これも一種の内ゲバなんですかね?

『日本会議の研究』の著者・菅野完氏によるカンパ金着服の経緯が明らかに
http://www.kinyobi.co.jp/news/?p=3725

 週刊金曜日の菅野氏叩き第2弾・第3弾についてのコメントはTwitterに書きました。 https://twitter.com/daily_cult/status/841431892071084032
 金曜日がここまでなりふり構わず菅野さんを叩こうとする執念は謎。それ以上に、ふつうにちゃんと取材してちゃんとした記事で批判すればいいだけの話なのに、わざわざいい加減な取材と原稿で自爆する意味がさっぱりわかりません。

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