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2017年8月10日 (木)

菅野完氏の民事訴訟判決と被害女性「ゴヒエツコ」氏の実態

 著書『日本会議の研究』で知られる菅野完氏が女性に「性的暴行」を加えたとして『週刊金曜日』に報じられていた件で、被害女性が菅野氏を相手取って起こしていた民事訴訟の判決が、8月8日に東京地裁で言い渡されました。菅野氏に損害賠償等計110万円の支払いを命じる判決でした。

 これを受けて、菅野氏の代理人である三浦義隆弁護士が、一連の経緯を詳細に公表しました。その内容の踏まえながら、被害女性の側の問題点について改めて整理します。

■これまでのおさらい

 この件については1年ほど前、このブログで2本の記事を書きまいした。

【復元】菅野完氏の「性的暴行」を報じた『週刊金曜日』のステマ疑惑 #週刊金曜日 #中島岳志

『週刊金曜日』、記事の信憑性が怪しくなってきた

 どちらも長ったらしいので、ざっくりまとめると、こんな話です。

  1.  被害女性は、2012年に菅野氏に押し倒されキスされたため不眠やうつになったと主張
  2.  2015年に女性は計220万円の損害賠償「等」を求めて提訴(この「等」が後で重要になってきます)
  3.  2016年、週刊金曜日が報道(2016年7月15日号)
  4.  被害女性は全く別件の性的被害者の女性さんを利用して、ネット上でさも無関係の第三者が菅野氏を非難しているかのように装うことによって週刊金曜日の記事を拡散させ、ネット上での菅野氏への非難を煽った。
  5.  被害女性から利用された女性は、被害女性のやり口を疑問視して、ネット上で内幕を暴露

 ここで登場する被害女性は、ゴヒエツコ氏という人。元放送作家だそうです。

 性的被害者の名を出すことは二次被害でもあるので通常なら伏せるべきところですが、彼女の行為は「被害者」であることを理由に正当化できるものではありませんし、他者を巻き込む有害な行動をとっている人物です。彼女に利用されて振り回される人が今後も出かねないという社会的な必要性も踏まえて、ここでは匿名扱いしません。

 菅野氏がゴヒ氏に与えたとされる性的被害については、菅野氏は裁判になる以前から認め謝罪し裁判においても同様であることから、第三者である我々が詮索すべきではないでしょう。それこそ二次被害につながりかねません。菅野氏は反省し、この点についてはゴヒ氏に対して真摯に対応し、今後二度と同様の問題を起こさないようにしてほしいと思います。

 ここで問題とするのはゴヒ氏の被害をめぐる事柄ではなく、ゴヒ氏の加害者としての側面です。

 ゴヒ氏の行動は、被害回復ではなく菅野氏の言論活動を制限させることを目的としているように見えます。そしてそれに週刊金曜日や中島岳志氏が公の場で加担しており、いち被害者が間違った主張をしているというレベルを遥かに超えた社会的影響が出ています。

■菅野氏側代理人による経緯の説明

 今回、判決を受けて菅野氏側の代理人である三浦義隆弁護士が公表した、一連の経緯の説明は、これです。

菅野完氏の民事訴訟についてのお知らせ

 ここで書かれているゴヒエツコ氏の一連の行動のうち、菅野氏の「言論活動」に関わる部分を要約すると、こんな感じです。

  1.  示談交渉でゴヒ氏は和解金200万円のほか、菅野氏のtwitterアカウント削除、今後ともtwitterで発言しないこと、女性の権利問題に関する言論活動を今後しないことを要求。
  2.  菅野氏が200万円の支払いに応じる意思を示したが、ゴヒ氏が言論活動への制約にこだわり示談交渉決裂。裁判へ。同じ理由で裁判中の和解交渉も決裂。
  3.  週刊金曜日で報道されることがわかり、菅野氏はインターネット上での謝罪や再発防止の決意表明を準備。
  4.  ゴヒ氏が謝罪文を掲載しないよう要求。菅野氏はこれに従い掲載せず。
  5.  その状態で週刊金曜日に記事が掲載される。
  6.  ゴヒ氏はこの記事をネットで拡散させる「工作活動」を行った。
  7.  東京地裁は、菅野氏に110万円を支払うよう命じる判決。

 1と2が事実であれば、ゴヒ氏の目的は明らかに金銭による賠償ではなく言論活動への制限だったことになります。しかし裁判でそんな主張が認められるはずもなく、判決は計110万円の損害賠償でした。

 また、この裁判は、別の場面でも利用されたようです。上記の3~5のあたりです。性的被害をめぐる問題ですから、被害者から謝罪文の公開中止を要求されれば、誰よりも二次被害を生むべきではない立場にある加害者としては強行するわけにもいかないでしょう。しかしゴヒ氏は、週刊金曜日の記事(2016年7月15日号)の中で菅野氏について、こうコメントしています。

「反省していると思えない。そもそも裁判には一度も出廷していません」

 三浦弁護士の説明が事実だとすると、ゴヒ氏は菅野氏に謝罪文の掲載をしないよう要求しておきながら、それを逆手に取って「菅野は反省していない」というストーリーを週刊金曜日に提供したことになります。

 また、菅野氏の出廷について三浦弁護士は上記のブログで、こう説明しています。X氏というのは原告である被害女性、ゴヒエツコ氏です。

なお、菅野氏本人が本件訴訟に出廷しなかったことについて『週刊金曜日』などは批判的に報じているようだが、私の以前のエントリでも述べたとおり、代理人弁護士がついているならば、尋問以外の民事訴訟期日に当事者本人が出廷しないのはむしろ通常のことだ。

X氏本人も、2度ほど出廷したが、それ以外のほとんどの期日は出廷していない。さらに、X氏本人が出廷した期日については、X氏が菅野氏と顔を合わせたくないからできれば出廷しないでほしい旨の要望をX氏代理人弁護士からいただいて、性的紛争であることに鑑み菅野氏は出廷を見合わせた。

このように、菅野氏が出廷しなかったことについて非難されるいわれはないことを申し添えておきたい。

 ゴヒ氏は菅野氏に出廷ないよう要求しておきながら、週刊金曜日の記事では出廷しないことを非難するということもしていたとされています。反省文の掲載をやめさせておきながら週刊金曜日で「反省していると思えない」と非難するという手法と全く同じ。

 これが事実なら、もはや被害回復云々ではなく、裁判でのやり取りを利用して菅野氏をハメているようにしか見えません。実態とかけはなれた内容を公表することで社会的評価を低下させたのが事実なのだとすれば、名誉毀損もいいところでしょう。

■中島岳志氏らの役割

 上記の5については、三浦弁護士のブログではなく、1年前に当ブログで書いたことを元に、改めて整理します。

 週刊金曜日の記事をゴヒエツコ氏は、第三者を利用してステマ的手法で拡散し、ネット上での私的制裁を果たしました。その過程で利用された前出の女性は、仲介者を通じて、ゴヒエツコ氏からこんな指示を受け取っています(ゴヒエツコetsugohi 氏とゆかいな仲間たちとその失礼)。

まず、Xさん(一人だと危険そうであれば複数人)に最初ツイートをお願いし、フェミの方たち同士で根回しをして頂き、スクショを各自のツイートで使って頂けないかご相談したく

その第一波を受け、第二波の方々に拡散のご協力を頂くのが見え方として自然かと思います。第一波に濁山さんも入ってます。中島岳志さん、山口智美さん、いとうせいこうさん、朝日で女性問題を多く取り上げている林美子記者始め多くの方にご協力頂く予定です。

 当人たちが実際にどこまで自覚的に関わったかどうかは不明ですが、協力者として、濁山氏、中島岳志氏、山口智美氏、いとうせいこう氏、林美子氏の名が上がっています。中島岳志氏については、拡散計画を話し合う際に使われたTwitterのグループチャットで、ゴヒエツコ氏自身がこんなことも書いていました。

なかじまさんは、内緒でPDFをいろんな人に送ってくれてる

 PDFというのは、ゲラのPDFファイルのこと。週刊金曜日編集部が「うんこ.pdf」というファイル名をつけていたファイルです。詳しく知りたい方は、冒頭で紹介した 『週刊金曜日』、記事の信憑性が怪しくなってきた  を参照してください。

 中島岳志氏は週刊金曜日の編集委員という立場にあります。そして、記事が出た当時、Twitterで、言論人とは思えない不自然な発言をしていました。

 「性的被害」について菅野氏を批判したり、菅野氏の言論の内容と性的被害との兼ね合いを批判したりするのではなく、言論のフィールドにおいて菅野氏の言論をないものとして扱おうという意思表明です。

■「被害者」なら何してもいいのか

 性的被害について菅野氏が批判されるのは当然です。たとえば菅野氏が女性の人権を口にした際に「お前が言うな」とツッコミを入れられるのも当然です。しかし、言論活動自体を制限されたり、社会がその言論を存在しないものとして扱おうとするというのは、加害者へのペナルティとして相応なものなのでしょうか。

 個人や出版社などが、菅野氏について「たとえ過去のことであっても、問題を抱えた人間には関わらないでおこう」と考えるのは勝手でしょうし、間違った判断とも思いません。付き合う相手を選ぶ上での判断基準は人それぞれです、それが漠然とした印象であったとしても仕方がないと思います。「反省の態度を示したとしても許せない」と感じる人がいるのも当然です。

 しかし、菅野氏について実態以上に悪いことをしているかのように見せたり、本当は被害者による私的制裁なのに第三者が客観的に菅野氏を非難しているかのように見せかけてネットでの批判を盛り上げることは、社会の人々に誤った判断や評価を下させようとするデマゴーグです。

 しかもゴヒ氏は、「同じ性的被害者」である第三者の女性の心情を利用し傷つけました。利用された女性は今回の判決があった日、ブログに「ゴヒエツコ氏は、わたしを利用し、わたしを傷つけた加害者だ」「わたしの性被害を利用したゴヒエツコ氏は、わたしにセカンドレイプをしたわけだ」(菅野完さんの性暴力疑惑に関わる話http://blog.c71.jp/?p=2328 末尾の追記部分)と書いています。

 これは、「もし事実だとしたら」ではなく事実です。ゴヒ氏の行動は「女性の権利のための戦い」ではありません。ゴヒ氏の行動もまた、「女性の敵」と言わざるをえないものでした。

 いくら被害者だといっても、やっていいことと悪いことがあるでしょう。

■「悪質な被害者」をどう扱うべきなのか

 被害者、特に性的被害者については、二次被害の問題など被害を告発しにくい諸々の事情がつきまといます。被害者なのに、公の場で被害を告発すると心ない誹謗中傷を受けたりすることもあります。特にデリケートな被害者として扱うべき存在であり、裁判がすでに起こされているならなおのこと、批判はおろか真偽について第三者が詮索することすら慎重になるべきだと思います。なのでぼく自身もそれを避けています。

 加害者側としては、反論なり何なり発言したいことがあったとしても、二次被害の恐れだけではなく被害者感情にも配慮して、思いとどまるべき場面もあるでしょう。そのくらいはペナルティの一環として受け入れるべきでしょうし、実際、菅野氏はそういう態度を貫いています。

 では、こうした「被害者」の立場やそれを取り巻く状況につけこんで、加害者に対して不当で過度な要求を不当な手段で達成しようとする「悪質な被害者」の行為まで、我々は許容すべきなのでしょうか。そんなはずはありません。被害者は事情に応じて守られるべき存在であって、事情を超えて好き勝手が許されるような特権階級ではありません。過度な要求であったり、それを不当な手段で実現しようとするのであれば、その点については批判されるべきです。

 当ブログにおいてゴヒエツコ氏を匿名扱いしない理由も、ここにあります。他者を巻き込んで社会に対して不当な影響力を行使する人間を匿名にして守ってしまえば、被害はさらに拡大してしまいます。

 被害者には被害者の感情があるので、特に裁判の場であれば、過度な要求であっても要求する分にはかまわないでしょう。どうせ言論活動の制限などという要求が裁判で認められるはずもなく、実際、今回の判決でも認められていません。

 社会では、たとえ被害者であろうとも不当で過度な要求をすれば、通常のルールに従って静かにスルーされます。それでいて、悪質な被害者であったとしても、被害者という側面を決して否定せず賠償を認定するところが、裁判や法律の考え方の素晴らしいところです。

 本来ならこれで十分であるはずです。ところが今回、週刊金曜日や中島岳志氏のように、むしろ被害者の過度な要求に沿った行動を取るブースター的な存在が頑張ってしまったから、話がややこしくなりました。

 被害者には被害を回復させる権利があります。加害者には、罪に不相応な過度な罰を受けない権利があります。こうした基本的な人権感覚を週刊金曜日や中島岳志氏らが理解できていれば、ゴヒ氏に対しても「不当で過度な部分だけスルーして正当な部分についてだけしっかり支援する」ことができたのかもしれませんが、残念ながら週刊金曜日や中島岳志氏には、そういった知性や良識はなかったようです。

 ゴヒ氏だけを悪者にして済む話ではなく、ゴヒ氏のような人間をどう扱うかという点で、周囲の人間たちにも相当に問題があるように思います。

■ぜひ控訴を

 今回の判決については、ゴヒ氏の問題行動との兼ね合いが考慮されていないどころか、そもそもゴヒ氏が私的制裁を社会的制裁につなげて実行した事実自体を認定していないようです。ぼくはその点に不満を感じています。

 ぼくは「社会的制裁をすでに受けた」という理由で法的責任を相殺する論法が嫌いです。カネや地位のある者がそれを失うことで社会的制裁を受けたことになり法的責任を軽減され、何も持たない者は失いたくても失えるものがない分、重い法的責任を負わされるという、持てる者だけがいい目を見る不平等な論理だからです。「何が法の下の平等だクソッタレ」という気分になります。

 しかし三浦弁護士がブログに書いているのと同様に、ぼくも、すでに被害者自身が報復を済ませている場合については、それがその後の賠償の算定において考慮されなければ筋が通らないと思います。賠償額の問題だけではありません。この点でのゴヒ氏の責任を明確にしない判決では、今後もさらにゴヒ氏の問題行動の道具に使われかねません。

 実際、これまで週刊金曜日はゴヒ氏の裁判の目的に触れないまま、ゴヒ氏の言い分を垂れ流し続けています。

 これは菅野氏個人にとっての問題ではなく、言論全般をめぐる問題です。たとえ裁判所が言論の制限を認めなくても、こんなリンチのような形で言論活動の事実上の制限が実現してしまう社会では、ましてやそれにメディアや言論人が加担してしまう社会では、言論の自由もへったくれもありません。

 言論の自由をめぐって民間人同士が足を引っ張る社会は、独裁者が権力と暴力で表現の自由を奪う社会とはまた違った意味で、相当にアホな社会です。

 こうしたぼくの問題意識から、菅野氏の事情にお構いなしで言わせてもらうなら、菅野氏にはぜひ控訴して、ゴヒ氏の問題行動を明確に認定する判決を勝ち取ってほしいと思います。ぼく自身、ゴヒ氏とそれに加担する人々の言論をめぐる問題について、引き続き必要に応じて批判していきたいと思います。

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コメント

 この裁判について、提訴の時点より関心を持ってきました。日刊カルト新聞が唯一、被害者による人権侵害と不公正を追及してきたこと、支持しています。
 性的暴行に対しする二次被害について、被害者の恐怖感や精神的圧迫感などを引き起こさないよう、加害者の存在を遠ざけるべきとし、強姦した芸能人のテレビ出演復帰には厳しい批判も寄せられます。ゴヒ氏、および協力した人々はこれを言論活動にもあてはまるとして、菅野氏に要求したのでしょう。が、これは行き過ぎだと思います。Twitterも女性差別に関する発言においても、菅野氏は原告を毀損することは全く行っていません。原告の感情だけで言論活動を封じるのは、別の人権問題です。 
 被害者は加害者にどこまで要求できるか? これは法で判断するしかないと思います。被害者にとっては相応な償いとは思えない場合はままあるでしょうが、納得できなくとも法治国家に生きる以上、やむをえない。まして、民事裁判に訴えたゴヒ氏は、私刑を断念しなければなりません。菅野氏の反省文などの発表封じ、殊更悪者に仕立て上げたやり方、裏から一方的な情報を拡散して菅野氏の社会的な信用を毀損した行為は、ゴヒ氏による陰湿な私刑と感じました。さらに他の性的暴行の被害者を利用し傷つけたゴヒ氏、「週刊金曜日」は、この点において非難を免れないと思います。それはフェミニストの運動を貶める行為でもありました。
 また、 新聞やネット配信が、原告側の菅野氏の言論活動を封じる意図について、ほとんど触れないのも奇妙なことだと思います。代理人の報告は発表できても、菅野氏がこの裁判について一切発言しないのは、あきらかに裁判中に示された原告の意思に従っているからでしょう。特に「週刊金曜日」は、自誌が広げた「不誠実な菅野像」を修正すべきです。
 余談になりますが、「性的暴行」が、あまりにも広い範囲の行為を表すので、菅野氏がこの用語の使用に疑義を申し立てたのもわからないではありません。性的暴行は、絶対いけません。ただし、行為の軽重はあるのでので、せめて報道側は、法律用語だけで済まさない丁寧さがいるのではないかと思いました。菅野氏に対し、無知な(あるいは故意に誤解した)人々が、レイプ犯とか強姦魔という悪意のこもった言葉を投げつけるのは、気の毒だと思った次第。
 私は原告がこの判決を受け入れるかどうか、注目しています。非常に報復感情の強い方でしょうから、果たして?菅野氏や代理人は、謝罪、反省の機会を封じられ、ゴヒ氏の私的制裁を裁判所に認めさせないまま、判決を受け入れるのか。この点も気になります。しかし、控訴で得るものが双方にあるのか?世論も大きく影響しそうです。私自身判断できないでいます。
 引き続き、この問題を追及し続けて下さい。期待しております。

>こんなリンチのような形で言論活動の事実上の制限が実現してしまう社会では

「言論活動の事実上の制限」は実現しておりません。東京地裁は菅野のツイートその他、言論活動を制限する判決など出していませんから。菅野もまた平常運転でツイートを続けています。スパの連載も続けています。まさか、私的な醜行に関する私的な「反省文」が「言論活動」というわけではないでしょう。

なお、性的暴行事件の被害者の氏名を暴露したことによって、藤倉さん自身がプライバシー侵害で提訴される可能性があることを指摘しておきます。

女性が、性的被害にあった場合、鳥越さんに対してや、山口さんに対してもそうですけど、例えば、示談したからもう終わり、謝ったから終わりではない面があると思います

被害者は心に傷が残ります。その苦しみは加害者への憎しみにもなるでしょうけど、その人物が、偉そうに言論したり、政治家になるのをみるのは虫酸が走るほど腹立たしい。

その気持ちが想像できませんか?

藤倉。お前のその記事がセカンドレイプになっているということに気がつかないか?
あと、菅野について、彼の職業は著述家だ。
こういうことになれば仕事を辞めるのは当然のことであり、アカウントの削除を含めた被害者サイドの要求は当然のことだ。
それもわからないで人権めいた記事を執筆しないでほしいな。

週間プレミアムフライデー!

宝珠山善久さん、通りすがりさん。これも読みましょう。

「X氏(ゴヒエツコ)は、わたしを利用するだけ利用した。」
http://blog.c71.jp/?p=76

訂正 宝珠山善久さん、通りすがりさん。これも読みましょう。

「ゴヒエツコ(X氏)は、わたしを利用するだけ利用した。」
http://c71.hatenadiary.com/entry/2017/08/08/222826

宝珠山善久さん

> 「言論活動の事実上の制限」は実現しておりません。

 人様や出版社の内側のことなので詳しくは書きませんが、ぼくは週刊金曜日の記事の影響で菅野氏による執筆が叶わなかったケースをぼくは直接知っています。「言論活動の事実上の制限」は実現しています。

> 性的暴行事件の被害者の氏名を暴露したことによって、
> 藤倉さん自身がプライバシー侵害で提訴される可能性
> があることを指摘しておきます。

 こっちだって素人じゃないんで、そんなことは指摘されるまでもなくわかっています。プライバシー侵害だけではなく名誉毀損を理由とした提訴だってありうると思っています。
 もしこの件でぼくがゴヒエツコ氏から訴えられたら、ゴヒ氏の行いについての事実関係と、それを名指しで書くことの公共性・公益目的の有無が争点となるわけです。性的加害者ではないぼくには何の負い目もないので、一切の手加減なしで自分の正当性を主張しますし、裁判の経過も報告します。

通りすがりさん 2017年8月10日 (木) 12時37分

> 被害者は心に傷が残ります。その苦しみは
> 加害者への憎しみにもなるでしょうけど、
> その人物が、偉そうに言論したり、政治家
> になるのをみるのは虫酸が走るほど腹立た
> しい。
>
> その気持ちが想像できませんか?

 想像できますよ。想像できるから、上の文章でも「被害者には被害者の感情があるので、特に裁判の場であれば、過度な要求であっても要求する分にはかまわない」と書いているんですが。

 腹立たしいなら腹立たしいと言えばいいし、人前に出るなと言いたいなら言えばいいと思います。ただし、それを裁判によって強制することは不可能だろうし、卑劣な手段で実現しようとする行為まで正当化できないですよね、という話にすぎません。

これが本当なら菅野氏を言論不自由にさせる
ため美人局にあったんじゃないかとの疑念が
生じる

>余談になりますが、「性的暴行」が、あまりにも広い範囲の行為を表すので、菅野氏がこの用語の使用に疑義を申し立てたのもわからないではありません。性的暴行は、絶対いけません。ただし、行為の軽重はあるのでので、せめて報道側は、法律用語だけで済まさない丁寧さがいるのではないかと思いました。

報道などで使用される「性的暴行」とは、たいてい「強姦罪」に該当する行為のことだと思います。何が「強姦罪」に当たるかは定義がはっきり決まっていますし、そうでなければ裁判所で争うことはできないはずです。

強姦の定義ですが、暴行や強迫を用いて(直接的な表現で申し訳ないですが)男性器の一部でも女性器に挿入したら「強姦罪」になります。

また、お酒を飲ませて酩酊状態にしたり、薬物によって眠らせた上で性行為に及ぶことも「準強姦罪」になり、強姦と同じです。

菅野氏に対し被害を訴えている女性は、上記のような性行為をされたと言っているわけではないので、「強姦未遂罪」で損害賠償請求しているような気もしますが、菅野氏は女性から拒否された段階で行為を止め、暴行や脅迫やその他の犯罪的行為を用いていないと主張しているので(その点は原告女性も否定していない)、強姦未遂でさえないと思います。

>なお、性的暴行事件の被害者の氏名を暴露したことによって、藤倉さん自身がプライバシー侵害で提訴される可能性があることを指摘しておきます。

菅野氏を訴えた女性がゴヒエツコ氏であるという情報はすでにネット上に出回っています。藤倉さんがその情報を不正に入手したわけじゃないのに提訴されるなんてことはないと思います。

それから、「ゴヒエツコ」が本名かハンドルネームかは分かっていません。本名だとしても漢字が分からないので、個人に辿り着くことができず「プライバシー侵害」とまで言えるかどうか疑問です。カタカナで「ゴヒエツコ」という名前の人はいないでしょうし。

| 2017年8月10日 (木) 13時20分 に投稿された方へ

>お前のその記事がセカンドレイプになっているということに気がつかないか?

通常、「セカンドレイプ」というのは、性暴力の被害者が警察や周囲の人から、「あなたの方にも隙があったんじゃないのか?」とか「あなたの方から男性を誘惑したんじゃないのか?」などと被害者側が落ち度を責められることで、精神的な屈辱を再び受けることを言うと思います。元々はそういう意味です。

その他、告発した被害者女性の男性遍歴を暴き立てたり、奔放で明け透けな女性であるかのように言って、性暴力に遭っても傷つくような女性ではないかのように印象操作することも「セカンドレイプ」になるでしょう。

菅野氏を訴えた女性の件で言えば、「初対面の男性を部屋に入れた女性側にも問題がある」と非難するようなケースがセカンドレイプです。

ですが、藤倉さんも誰もそのようなことは言っていません。

藤倉さんは今回の記事の中で、被害を訴えている女性が、菅野氏に対して「今後、言論活動を制限せよ」などという過度な要求をしていることを問題にしていますし、女性が菅野氏の行為をネットで拡散することを目的に、他の性暴力の被害者を巻き込み傷つけたことに対して指摘されていると思います。

裁判も行なわれている今回の事件について、言及する権利は万人にあります。それをセカンドレイプと言ってしまったら、性暴力の被害を訴える女性に対してはその告発が妥当かどうか関係なく、一切批判が許されないことになってしまいます。

もちろん言葉に配慮は必要でしょうが、問題提起や議論自体を止めるのは違うと思います。

これがセカンドレイプでないことは明らかです。
なぜなら性的被害とは「まったく別の件」を追及しているに過ぎないからです。
これをセカンドレイプと言い立てる人は、藤倉氏が何を問題にしているのかわかっていない(もしくは経過を知ろうともしない)のでしょう。
そしてそういう人がいるからこそ、ゴヒ氏は自分の立場を最大限利用したとも言えます。
まんまと利用されて、お疲れ様でございます。

菅野氏を訴えた原告女性が、自分のことを性暴力(強姦の)の被害者のように主張していることに違和感があります。

実際の性暴力の被害者が、性暴力に遭いそうになったという原告女性に同情し、自分と同じ被害者のように接することは理解ができます。

ですが、原告女性が、実際の性暴力の被害者に対し、自分を同じ性暴力の被害者のように接してくれケアしてくれと要求するのは筋違いです。

原告女性は、実際には抱きつかれた(もしくは押し倒された)だけです。

また、原告女性は『週刊金曜日』の取材の中で、自分のことをジャーナリストの山口敬之氏に強姦された「詩織さん」と同一視して語っていました。

はっきり言って不遜です。

報道によれば、山口氏は避妊具も着けずに行為に及んでいます。その点は双方に争いがありません。詩織さんは、事件後しばらくの間、妊娠と性病感染の恐怖に怯えてたと聞きます。

抱きつかれた(もしくは押し倒された)だけで、妊娠や性病感染しますか?

原告女性はなぜ自分を詩織さんと同じにしたがるのでしょうか?やめてほしいです。

このように書くと「抱きつかれたぐらいでなどと、性暴力を軽視するのか?」と怒る人がいます。

では「強姦」とは抱きつかれた(もしくは押し倒された)ことと同じレベルの被害なのでしょうか?

強姦とは、単に抱きつくことと比べものにならないほど女性の尊厳を傷つける行為です。

強姦を、抱きつかれた(もしくは押し倒された)だけと同じように考えることの方がよほど性暴力に対する軽視だと思います。

抱きつかれた(もしくは押し倒された)ことを強姦と同じ範疇に考え、加害者とされる菅野氏や社会に対し、(原告女性が)自分を強姦被害者に対するような配慮のある対応をせよ迫ることは、原告女性の傲慢でしかないと思います。

抱きつかれた(もしくは押し倒された)ことは、電車内の痴漢や強制わいせつのレベルの被害です。ですが、強制わいせつもまた、暴力や脅迫を伴うことが要件になるので、菅野氏の行為がそれに当てはまるとも思えません。

仮に夜道で知らない人に抱きつかれたら、恐怖ですし、不快感と嫌悪感でいっぱいでしょうが、原告女性にとって菅野氏は一応知り合いの男性です。

たとえ知り合いの男性でも、好きでもない人に抱きつかれたら困惑するし嫌でしょうし、襲われるかもしれないという恐怖があったのは分かりますが、まったく知らない男性に抱きつかれる恐怖とは違います。

原告女性は、自分を実際の強姦の被害者であるかのように吹聴しミスリードすることはもうやめるべきです。

思ったことその一。
このケースの場合、ステマ工作に利用されたブロガーが、無自覚のうちにネットリンチに加担してしまった後悔と怒りから「たまたま」告発するに至った。で、関与した面々が暴露されたわけだが、彼らがステマ行為に関わったのは果たしてこの1件だけだったのか?

その二。
このケースがというわけではないが、STAP細胞を200回作成したあの科学者のように、自身の中で自動生成されるストーリーを客観的事実だと信じ込む特殊なタイプの人が世の中には一定数存在する。
もし自分(並びにこれを読んでる貴方)がそうした人のターゲットになった時、無実を主張すればセカンドレイプと発狂され、拡散され、社会的に死なねばならんのだろうか?

私もゴヒ氏の言動に疑問を感じている一人です。同じ女性としてこの方の立場に寄り添いたいのですが、余りに不可解な言動や「週刊金曜日」の介入などの解明がなされなければ、この方を本当の意味での被害者としてみることが出来ません。

私が一番疑問視するのはコニーさんに対しての言動です。
ご自身は抱きつかれたショックで長期のうつや睡眠が出来ないとのことなのに、それ以上(強姦、暴行など)の被害者であるコニーさんの心理状態に至らない、体験の共感がないのは何故なのかと思っています。

またこの方の立場を一番に考えなければいけない弁護士までが裏の工作に加担しているとは驚きでした。
この様な工作はご自身の首を締める行為だと何故止めなかったのか、本来なら示談に応じる様勧めるべき立場だと思います。

被害の軽重で精神面のダメージは推し測れないとは思います、自分の要求が通らない理不尽だと悔しい思いがあっても、社会のルールに則り対処していくしか道はないのではないでしょうか。

ましてやネットリンチなんて人としてしてはいけない行為だと思います。
この行為で私はこの方の全ての言動に疑問符がついてしまいました。

「週刊金曜日」は一からこの方の発言の裏取りをきちんとし、新たな記事を出すべきです。もし裏が取れなければ菅野氏には大変な名誉毀損ですから謝罪記事を出すしかないでしょう。

そしてゴヒ氏はコニーさんをはじめ巻き込んだ方々に謝罪してください。巻き込んだ証拠は有るのですから弁解などせずするべきです。

ここまでややこしくしたのは菅野氏ではありません、この始末は原告側、「週刊金曜日」がしなければ疑問を持った人は誰も納得しないと思います。

もしかしたら、原告女性は、たとえ抱きつかれただけでも、強姦されたと同等の精神的苦痛を受けたと思っているのかもしれません。

人がどんなことに傷つくかは、人それぞれ違いますし、それが原告女性の気持ちだと言うなら、それも偽りのない真実かもしれません。

しかし、そのようなことは社会通念に照らして考えるべき問題なのです。

本音を言えば、強姦の被害者の中には「加害者を極刑にしてほしい」と願う人もいるでしょう。当然と言えば当然の感情です。

しかし、殺人事件の被害者の遺族でしか、犯人の極刑を裁判所や社会に要求するのは無理でしょう。

実際には、死刑廃止論の議論も進んでいますし、殺人事件の犯人でさえ死刑にはならないケースが多々あります。

そんな中で、自分が受けた強姦被害は殺人罪に匹敵するからと主張しても無理なのと同じことです。

他の被害者とのバランスもあるということです。社会は一人で成り立っているわけではないので、客観的な被害や損害の大きさで、刑罰や賠償金が決まってしまうのは仕方ないことです。

原告女性の感覚としては、自分は強姦と同じぐらいのショックを受けたんだから、菅野氏の言論を封じ、菅野氏を強姦の加害者として社会的に抹殺したいと考えているのかもしれません。ですが、そんなことをして本当に満足するのでしょうか?

菅野さんがネットで言論活動しなくなっても(できなくなっても)、今後も書籍を出版することはできます。現在もベストセラー本として書店で平積みされています。原告女性が菅野さんのツイートを見てPTSDが悪化するというなら、菅野さんの本を書店で見ても悪化してしまうと思います。そうなれば、キリがないです。

原告女性は、自分で自分を追い詰めて症状を悪化させているように感じます。

菅野さんにも家族がいます。菅野さんを応援し、心の支えにしている読者もいます。

原告女性にとって、菅野さんを社会的に抹殺することが、心の回復に繋がるとは思えません。お互いに不幸になるだけのことは、もうやめた方がいいです。

思ったことを書かれた方へ

その一 「たまたま」だったから何が問題なんですか?告発するに至った根拠が有ります。他のステマ行為に関わった証拠が有るなら教えてください。

その二 このケースであれ違うケースであれ、特殊なタイプな人が告発しても巻き込んだ証拠が現実に有るということが大事ではないでしょうか。


ゴヒエツコ氏はあきらかにやり過ぎました。
詩織さんがたくさんの人に応援されるのは「美しい被害者」だからじゃないと思います。

物的証拠が有る(刑事案件)、詩織さん自身が感情的にならず事実を分析している、山口氏に私怨で対していない、逮捕状が出たのに取り下げられている、加害者とされる山口氏が和姦だと主張し逃げている。

こういう積み重ねが人の心に響くのだと思います。

山口氏に比べ菅野氏はきちんと謝罪し、通常より高い金額を提示されても争っていない、ゴヒ氏の要求に出来る限り今も応じている(Twitterで色々突っ込まれても黙っておられます)。

被害者とされる人も加害者とされる人も対応が全く反対です。
事件を報じた週刊誌もかたや裏取り有り、かたや無し。

いくら悪い人と印象付けても私は菅野氏が書いたものの評価は変わりません。
感情で評価する方はいるでしょうが、皆が皆そんな方ばかりではないと思います。

豊田尚子さま

すみません、主語を誤解されていると思います。
自分の文中の「彼ら」とはステマ工作を告発したブロガーの人ではなく、告発された側。ネットリンチを企てた原告G氏とその協力者たちのことです。

>4.ゴヒ氏が謝罪文を掲載しないよう要求。菅野氏はこれに従い掲載せず。
>5.その状態で週刊金曜日に記事が掲載される。
>:
>三浦弁護士の説明が事実だとすると、ゴヒ氏は菅野氏に謝罪文の掲載を
>しないよう要求しておきながら、それを逆手に取って「菅野は反省していない」
>というストーリーを週刊金曜日に提供したことになります。
>:
>反省文の掲載をやめさせておきながら週刊金曜日で「反省していると思えない」
>と非難するという手法と全く同じ。
とありますが、これが7月15日発売の『週刊金曜日』を指しているのなら、
「反省文の掲載をやめさせ」たのは「7月14日正午過ぎ」であるので、
「菅野完氏の民事訴訟についてのお知らせ」を根拠に
上記表現は正確ではありません。(日付は弁護士三浦義隆のブログによる)

なお、「菅野完氏 noiehoie氏 に性暴力疑惑についてインタビューをした」(c71氏)
には
>菅野氏は、三人の前で謝罪文を書いた。隣の部屋にいたG氏は、
>それに目を通したうえで、菅野氏はハンコを押したそうだ。それが、
>2014年の夏の出来事だという。ハンコを押したということは、
>本人が謝罪内容に納得したのだと、菅野氏は思い、これで終わったと思ったと言っていた。
との記載がありました。

思ったことさんへ

すみません、私の誤読だったのですね。
「関与した面々」と書かれていたので、私の中では首謀者はゴヒ氏、関与はコニーさんなので勘違いしてしまいました。申し訳ありません。

その二はコニーさんを指していると思っていいのでしょうか?。

私は阪神大震災の体験でPTSDを発症し軽度(軽度は先生ではなく自己判断です)だったのか半年余りの治療で体への異常は無くなりました。

その体験からコニーさんの当時の状況や精神状態が、私は性被害者ではないので分かると言い切れませんが、分かる気がしています。
回りくどい言い方をしましたが、それは私が震災を体験したことで初めて天災被害者の気持ちが分かったからです。

なので彼女が書いたブログ記事のゴヒ氏の姿は、同じ体験者としての意識が欠落している姿で唖然としました。

コニーさんのブログ記事は感情的で怒りに任せた部分も有りますが、ゴヒ氏がした内容なら当然とも思います。

ご自身のゴヒ氏や週刊金曜日への怒りだけでなく、菅野氏に対しての謝罪や責任で辛い思いを引きずっていたのではとお察ししています。

そんな彼女は更に心無い非難や中傷も全てご自身が受け、首謀者のゴヒ氏は被害者ということで守られてしまうなんて不公平だとつくづく感じました。

特殊なパーソナリティーではとッテル貼りしないで、理解してとは言いませんが、せめてこのような場所に書くのは止めて頂けないでしょうか?。
よろしくお願いします。

豊田尚子さま

どうしてもブロガー氏に関連づけたいようですが、その二も誤解されてます。

自分は自閉症スペクトラムに関しては、テレビの聞きかじり程度の情報しか持たない層よりは知識があるつもりです。
ブロガー氏が書いた一連のエントリを読んでみて、欺瞞に対して痛いくらい潔癖な性分であろうことはわかりました。
いわば欺瞞アレルギーというような気質により、嘘やごまかしへの忍耐力がとても低い。
自閉症スペクトラムという属性は、このケースではブロガー氏の告発の信憑性において担保になり得る。個人的にはそういう認識です。

一方、原告G氏の側は辻褄が合っていない。
菅野氏の名前を目にするだけで辛く具合が悪くなる。しかしネットリンチの仕込みには乗り気で、自らブロガー氏の文章の監修もする。
苦痛で顔も名前も見たくないはずが、ステマまでやらせて記事を拡散したかった。
自己矛盾に目を瞑って構成を盛っていくタイプなのか、菅野氏への復讐心を利害が一致する何者かに利用されているのか?

菅野氏の場合は身から出た錆だったとしても、そんなら身が清潔な自分には関係ないとは思えんのです。
明日起きたら身に覚えのないデマを拡散されてる可能性だってゼロじゃない。で、弁明すれば自動的にセカンドレイプ呼ばわりなら簡単に詰みでしょう。
そう思ったわけです。

思ったことさんへ

コニーさんにどうしても関連づけたいというのは誤解です。

藤倉氏の記事のコメント欄だったのでその一の流れでコニーさんにレッテルを貼りたい方なのかと私が思ってしまいお尋ねしました、すみません。

障害が有ることでブログ記事まで中傷されたと書かれていたので、巻き込んだ方々の罪は重いなぁとも思っていました。

短い内容なのに私の読解力が足らず御手数をかけてすみません。

私は色々教えて頂けたのでお聞きして良かったんですが、思ったことさんにご不快な思いをさせてしまったことをお詫びします。

丁寧に教えてくださりありがとうございました。

 菅野氏の控訴について、やむなしと思いました。
 事実については争わない、週刊誌による原告の私的制裁について裁判で争う。菅野氏の主張が、控訴するに足る理由であると裁判所が判断するかどうかは、門外漢でわかりません。しかし、原告代理人A氏が菅野氏の代理人M氏の報告を否定し、M氏を訴えることを示唆した以上、やむをえないでしょう。
 それにしても原告の意向に沿ったのでしょうが、代理人A氏が、私的制裁の部分について、根拠も示さず事実無根と主張することに驚きました。何より残念なのは、ネットリンチに協力したことに自責の念を抱き、その事実を告発し証拠を提示したブロガーさんを、全く無視したその冷淡さです。原告ゴヒ氏が、性暴力の被害者であるブロガーさんを利用し傷つけたことも、なかったことにしたのです。ゴヒ氏や週刊金曜日と同様に、A氏も、ブロガーさんの存在そのものをないかのように扱ったのです。A氏の弁護士としての人権意識を疑います。
 結局、ブロガーさんの訴えに真剣に向き合い理解したのは菅野氏だけ。ブログによれば、菅野氏と対話した後で、ブロガーさんは初めて人間扱いされたと感じたそうです。この痛ましい言葉を、A氏も読んだでしょうに。
 原告が、菅野氏の代理人の報告にショックを受けたのは事実でしょう。が、その理由は?。ゴヒ氏の言動のどこまでが真実なのか、わからない。裁判で、ネットリンチについての全てが明らかにされるよう、注視したいと思います。
 

山口敬之氏をレイプ告発した(伊藤)詩織さんの発言内容も相当怪しい。その辺りも調査・発表していただければと思う。

被害者が、加害者の言論を制限するよう裁判で請求することに、なんの問題が?

また、被害者が、加害者の言論が制限されるよう、自分の理解者や支持者に働きかけることに、なんの問題が?

少なくとも、法的にはなんら問題はありません。
それこそ、被害者の表現の自由であり、現に、このブログや三浦弁護士ブログのように、加害者側は自由に反論を行なっています。

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